カカシ先生の言葉にむきになって。
綱手様の言葉に躍起になって。
半ば意地のように任務をこなした。
最初はただ同行するだけで一杯一杯で、先輩達の迅速で正確極まりない手捌きを、驚きの眼差しで見守るのが関の山だった。
凄い・・・。私も、ああなりたい・・・。
一点の迷いもなく、みんなの命を守れる存在。
私もいつか、なってみたい・・・。ううん、絶対なってみせる。
部屋に籠もっての修行だけでは絶対に味わえなかった興奮を覚え、私の本来の負けん気が顔を現す。
その場その場で臨機応変に繰り出される治癒の印を、瞬き一つせずに頭に叩き込んだ。
手近な薬草を採取して素早く薬を調合する手際を、驚嘆の面持ちで目に焼き付けた。
できる限り先輩達の技を目で盗んでは、帰ってから一人猛特訓を繰り返す。
もちろん最初から上手くいく筈などない。
相変わらず実習体を吹っ飛ばしたり、破壊したり・・・と散々な出来だったけれど、諦めずにチャレンジした。
まもなくコツらしきものを掴み、そうすると後はスルスルと不思議なくらい術が決まった。
僅かずつだが自信も付いてくる。
「いける・・・。絶対いける・・・!」
やがて、簡単な治療ならば一人で任されるようになった。
医療忍者としての誇りも芽生え、かつての憧れは確かな矜持へと変貌を遂げた。
そして幾つか季節が移り変わる頃には、とうとう私も一人でチームに加わる事になった。
「今までよく頑張ったな。今日からお前も正式な医療班の一員だ」
「はい、ありがとうございます」
「もう十分知ってるだろうけどね、戦場じゃ教科書通りの事例なんて何一つ起こりやしないよ。みんな訳の分からない、しち面倒臭い事ばっかりさ」
「はい」
「突拍子もない術を仕掛けてきたり、珍妙な毒を仕込んできたり、本当に何でもありだからね。とてもじゃないが、チャクラだけでは対応しきれない」
「はい。チャクラによる治療は、術者の体調や体力に大きく左右されかねないので、その使用は慎重かつ最小限に行うこと・・・ですよね」
「そうだ。乱発してたらお前の身が持たん。チャクラ以外の治療方法も常に模索しながら、最善を尽くせ」
「はい」
「だが、戦場では最低限の医療品しか手に入らない。ここのように、手を伸ばせばどんな薬品でも直ぐに入手できる訳ではないからな」
「はい」
「とにかくよく考えろ。今まで学んだ全ての知識を総動員して目の前の事象を正確に分析し、素早く手立てを講じるんだ」
「はい」
「班員の命を預かるのは隊長の役目だが、その隊長の命を預かってるのは医忍のお前だ。つまり、隊長を生かすも殺すもお前の腕一つ」
「・・・・・・」
「お前の技量が班員の生存率の明暗を振り分ける。下手すれば班の全滅だって十分起こり得る。・・・医忍って仕事はね、隊長以上に厄介なんだよ」
「・・・はい・・・」
身が震える思いがした。改めて、この任の重さを思い知らされた。
初めて綱手様の医療忍術を目にした時の衝撃を思い起こす。
あの時に感じた畏れにも似た感情が再び湧き上がり、生半可な覚悟ではこの任は勤まらない事を再認識させられた。
「で、早速お前にお呼びがかかってる。・・・隊長直々のご指名だ」
ヒラヒラと指令書を顔の前でちらつかせて、綱手様は何か言いたげな固い表情で私に告げた。
僅かに顰められた眉間に綱手様の逡巡が見て取れて、思わず緊張が走る。
こんなひよっこを指名してくる物好きな隊長って、まさか・・・。
綱手様から指令書を受け取って、まじまじと内容を見た。
「やっぱり・・・」
カカシ先生だった。
先生を隊長にアオバさんとライドウさん、それに私の四人小隊。
任務内容は、敵国に機密情報を流出しているのではと懸念されているある人物の監視と情報流出の阻止。
その人物に通じている敵忍も火の国の内外で色々不穏な動きを見せているらしく、敵忍と鉢合わせをすればかなり過酷な戦闘は必至と思われた。
「どうやら大臣の側近に敵国に寝返った奴がいるらしくてね。ごく限られたトップしか知り得ない情報が、最近どんどんと敵国に流れてるらしい」
「・・・はい・・・」
「うまいこと逃げ回っててなかなか尻尾を見せないんだが、近々大きな動きがあるらしくてね。その前に、何としてでも奴の動きを封じなければならない」
「はい」
「ただ、向こうも手練の敵忍をごっそりとこちらに送り込んできてるらしい。一歩間違えれば立派な戦争に発展しかねない」
「でも・・・、確かこの国とは数年前に休戦協定を結んでいたのでは・・・」
「あんな紙っぺら一枚、何の抑止力にもなりゃしないさ。現にこうやって喧嘩吹っかけてきてるんだよ」
「・・・・・・」
「国の上層部の連中は、事を荒立てずあくまでも隠密に処理してくれと言ってきている。まあ、世間にばれたら奴等の面子丸潰れだからな・・・」
「じゃ、この四人だけで・・・」
「そうだ。最小限の人員しか配備できない。本来ならもっと手馴れた奴を就けさせて、お前には別の任務を与えるんだがな・・・。ご指名とあらば仕方ない」
「・・・・・・」
確かにそうだ・・・。綱手様の仰る通りだ。
それほど高難度の任務と予想されるなら、私じゃなくてシズネさんクラスのベテランを就けるのが真っ当なやり方だろう。
こちらの人数が少ないならば、医忍といえどもかなりの戦闘能力を期待されているに違いない。
何しろ敵は手練の忍者で、それも何人いるのか分からない状態なんだ。
まだ駆け出しの大して実績もない私が同行して、一体どこまで役に立てるんだろう。
良いんだろうか。本当に私で良いんだろうか・・・。
戦闘能力も、治療能力も、医療班の中ではしんがりの私にいきなりこんな大仕事を任せるだなんて、カカシ先生一体どうしちゃったんだろう・・・。
「本当に・・・私で良いんでしょうか・・・?」
「アイツも馬鹿じゃないさ。ちゃんと策はあるんだろう」
「でも・・・」
どんなに頑張ったって、今の私の力では、みんなの足手纏いになるのが目に見えている。
綱手様だって、だからさっきあんなに悩んでいたんじゃないか。
どうしよう、また置いてかれるかもしれない・・・。
邪魔にされてしまったら・・・。迷惑がられてしまったら・・・。
お前なんか連れてこなければよかったって思われてしまったら、私は一体どうすればいいんだろう・・・。
「なに泣きそうな顔してんだ?」
「・・・え・・・?」
「なんなら断るかい?」
「・・・・・・」
「アタシは構わないよ別に。そしたら、他の奴を就けるまでだ。・・・だがね、アイツはお前を信頼している」
「しん・・・らい・・・」
「この話をアイツに持ってったらね、『サクラを同行させてくれ』って何の迷いもなく言ってきた。最初は断ったさ。幾らなんでもお前には荷が重過ぎる」
「・・・・・・」
「だけど、どうしても言う事を曲げなくてねぇ・・・。いろいろ御託を並べて、アタシを言い負かしやがった。随分と期待されたもんだよ、サクラ」
「そ・・・んな・・・」
「お前は、アイツの信頼を裏切っても平気なのかい?」
「・・・え・・・」
「『サクラなら大丈夫だ』って隊長に信頼されてんだよ。それを無下にしちまってもいいのかい?」
「・・・・・・」
「誰だって最初の任務は怖いさ。それがデカければデカいほどね。アタシだって足が震えたよ。三代目にぼろくそ文句言ってやったし・・・」
「師・・・匠・・・」
「どうする・・・?覚悟を決めるか?」
「・・・・・・」
分からない・・・。どうしても決心がつきかねる・・・。
なぜカカシ先生はそこまで私を信頼出来るのだろう。
私の手を煩わせるほどの戦闘にはならないと考えているのだろうか。
でもそれじゃ、私など最初からいてもいなくても同じという事になってしまう・・・。
駄目だ。どうしても分からない・・・。
「・・・師匠は・・・どうお考えですか・・・?」
「ふん、そうだねぇ・・・。最初はね、まだ早いと思ったさ。もっと簡単な任務をこなしながら徐々に慣れていけばいいと考えてたよ」
「そう・・・ですよね・・・。私には、無理ですよね・・・」
「違う。お前に力がないと言ってる訳じゃないよ。勘違いするんじゃない」
「え・・・?」
「お前は正式な医療班のメンバーだ。それはつまり、アタシがお前を一人前だって認めた証拠だよ」
「はい・・・」
「要は、お前に自信が持てるかどうかなんだよ。任務を舐めてかかるのはもちろん大問題だが、構え過ぎて身動きが取れなくなるのも問題だからな」
「・・・・・・」
「大丈夫だ。お前にはちゃんと力がある。・・・アイツを信じてやんな」
「・・・・・・」
「分かったかい?」
「・・・はい」
私を励ますように、綱手様が力強い笑顔を向けてくれている。
背後に広がる窓の向こうには、晴れ渡った大空が青く眩しく輝いて見えた。
そう、今の私はまるで、見渡す限りの広大な空に激しく戸惑い、飛び出す勇気をもてない愚かな雛鳥。
・・・でも、差し伸べてくれる手を信じて、いつかは飛び立たなければならない。
近付くために。
夢に・・・、願いに・・・、希望に・・・、そしてあの人に近付くために。
「失礼します」
ぴょこんと頭を下げて、綱手様の部屋を後にする。
「よし・・・」
パンパンと頬を叩いて、気合を入れ直して・・・。
そして、戸惑いを振り払って、先生達が待っているミーティングルームに急いで足を運んだ。